ひどすぎる

 恋人を亡くした画家が、数カ月ぶりに喫茶店に現れた。心労のためか、やつれた様子をしている。
なんだ、三文文士か。僕は平気だよ。彼女は余命2カ月って言ってたけど、4カ月もったよ。
片時も彼女のそばを離れずに看病していたそうじゃないか。彼女の両親が感謝していたそうだな。
まあね、心配でそばにいたわけじゃないんだが。死んでしまう前にスケッチしなくちゃいけないから、忙しかったよ。彼女につきっきりで絵を描いていたから、愛情深く見えたんじゃないかな。
ところで相談があるんだが、僕と組んで本を出さないか。この話を君の絵と僕の文で小説にするんだ。
余命わずかの薄幸の恋人と貧しい画家の純愛物語、受けること間違いなしだ。
小説家の狙い通り、この「美しき日々」はベストセラーとなり、読者の紅涙をしぼった。
小説家も画家も印税が入って、ほくほくしている。ふたりは料亭で祝杯をあげた。
こうして僕らがいい目を見られるのも、彼女のおかげだね、感謝しなくては。
でも、君の書くものはウソばっかりだね。僕は彼女を愛していたというより、興味のほうが勝っていた。
最後まで娘を愛してくれたと両親に感謝されたけど、それは誤解だよ。
いいんだよ、ウソでも。読者は感動の物語を求めている。それを満たすものを提供するのが僕の役目さ。
薄幸の美女と貧しい画家の取り合わせは最高の素材じゃないか。読者も僕たちも利益を得たのだから、丸く収まるってものさ。
画家は片付かない顔をしていたが、彼女の名前が人々の記憶に残ったのはいいことかもしれないと思った。

 まず段落が無い。「」を使わないなら間接話法にしないと。基本が出来なくては話にならん。

 なおそうと思ったけどいちから書き直したほうが早い。

 ひどくやつれた様子の男が馴染みのカフェに現れたのは、恋人がこの世を去ってから随分と日が過ぎてからだった。

「これはこれは、未来の巨匠のお出ましとは今日はついてる」

 嫌味か皮肉か店主が声をかける。

 男は静かにカウンターにつく。

「いつものでいいんだろ?」

「あぁ」

「相変わらずひでぇモノ喰ってんな」

 顔見知りが声をかける。

「コウロギよかましさ、日本じゃガキが喰っている」

「かんべんしてほしいな、なんかおごろうか?」

「ウェブライターってのは金になるのか?」

「パクリが平気ならサルでも稼げる」

「サルにはなりたくねぇ」

「クレアは残念だったな」

「余命2カ月だとかっていい加減なもんさ」
「ずっとそばにいたんだろ?表彰モンだな」
「べつに。心配だった訳じゃなく、彼女の姿を描きとめておきたかっただけさ、瀕死の人間ってのに巡り会える機会なんてそうはないからな」

「彼女の両親が聞いたらさぞガッカリするだろうな」

「見舞いにも来やしないで、『感謝してます』はないだろうが」

「もっともだ、ものは相談だが、俺と組んで本を出さないか。その話を小説にして君の絵をつける、余命いくばくもない(薄幸の麗人)と売れない絵描きの純愛、涙なしでは語れまい」
 凡人には凡庸の作が受け入れやすいのだろう。この駄作は狙い通りベストセラーとなった。
 ウェブライターあがりの小説家もどきも絵描きも懐が暖まった。

 彼らは高級なレストランにいた。
「これもみな彼女のおかげだ、感謝せねば、だが、よくもまぁあんな歯の浮くような台詞ばかり並べられたもんだ」
「それでいいんだ、読者の程度に合わせてやるのが作家の仕事さ、ウェブライターやってよくわかった。だから俺でも物書きができる、昔みたいに読解力が必要な文章書いたって誰も読まない」

「タイトルで内容がすべてわかるように?」

「それでもだめだ」

「なぜ?」

「自分だけがわかっているように思わせる、そこがポイントさ」

「挿し絵は善悪がはっきりわかるように描けと言ったね」

「読解力のない奴でもわかるようにな」

「読者を見下してないか?」

「そうさ、それがウェブライターってものさ、見下されたほうは自分だけは違うって思うような仕組みが出来ればそれでいい」

「ネタバレってやつか?」

「時代遅れだとか、ひと昔前とか言わせて優越感に浸らせておくのがいいんだよ」

「挿し絵からストーリーを読み取れるのは自分だけって思わせる訳か」

「それも作戦」

「金のためならプライドも捨てる?」

「サルにプライドがあるか?」

「サル以下だな」

「拝金主義者」